iwashi station

ワビサビ

アニメーターの系譜 (大塚康生からの流れ)

アニメーターの系譜

※ 引用部分はwikipediaから引用させて頂いております。

 

大塚 康生

東映動画では、直属の上司として新入社員・宮崎駿の指導育成に当った。他にも杉井ギサブローや月岡貞夫、芝山努、小田部羊一、椛島義夫、近藤喜文、田中敦子、うつのみや理、貞本義行、田中達之、板垣伸など多くのアニメ業界人に影響を与えた。

東映動画アニメーター第一期生。日本におけるアニメの創成期から第一線で活躍し、宮崎駿や高畑勲と組んで『太陽の王子 ホルスの大冒険』『ルパン三世』『パンダコパンダ』『未来少年コナン』『じゃりン子チエ』などを手がける。

そのダイナミック&コミカルなアニメートは「大塚アクション」と呼ばれ、宮崎と組んだ『未来少年コナン』や『ルパン三世 カリオストロの城』では、能力を遺憾なく発揮している。

 

東映動画

1956年(昭和31年)1月、東映は東映動画の設立に向け「漫画映画製作研究委員会」を立ち上げ、委員長は大川社長で、設立準備の実務担当委員として赤川孝一管理課長や、今田智憲らが任命された。
同年7月、東映が日動映画を買収。森康二、藪下泰司らを擁する東映動画株式会社が発足した。これ以前にも商業アニメーションは細々と存在したが、東映が買収したことで初めて日本のアニメーションに光が当たった
1956年(昭和31年)、東京都練馬区の東映東京撮影所内にスタジオが完成。東映動画は1957年(昭和32年)1月9日、この新スタジオに移転した。スタジオ完成とともに新たに採用された東映動画第一期生の中には大塚康生、楠部大吉郎らがいた。

また1958年から手塚治虫が『西遊記』の製作のために嘱託として参加している。この時のノウハウが旧虫プロダクションで活かされることとなる。

 

高畑勲

長編漫画映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』の演出(監督)に抜擢される。

映画『パンダ・コパンダ』『パンダ・コパンダ 雨降りサーカスの巻』の演出を務めた。この作品は脚本の宮崎駿のアイデアが存分に盛り込まれ『となりのトトロ』のルーツとされる。

『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』の演出を担当、海外ロケハンや徹底的に調べ上げた資料を元に生活芝居を中心としたリアリズムあふれるアニメを構築した。場面設計だった宮崎駿、絵コンテを担当していた富野喜幸に与えた影響は大きい。

 

『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』は「世界名作劇場」の作品。世界名作劇場は、主に日本アニメーションが制作を担当。

 

日本アニメーション

アニメ作品の企画を主に行っていた瑞鷹エンタープライズが、制作委託先の虫プロダクションの経営悪化を契機に、ズイヨー映像を創立し、作品の自主制作を開始する。

その後1975年3月に同社の代表取締役に就任していた本橋浩一らがスタジオと多数の従業員を引き連れ、新たに「日本アニメーション株式会社」を設立。

 

貞本義行

1984年、大学卒業後にテレコム・アニメーションフィルムへ入社し、大塚康生にアニメーションを学ぶ。

大塚康生も自分より上手いと脱帽し、新人時点の上手さでは宮崎駿月岡貞夫と並ぶ存在だったと評価を下している。
テレコムでは原画マンを務めていたが、その後、ガイナックスが劇場アニメ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年公開)を製作することとなったためガイナックスへと移籍。

 

テレコム・アニメーションフィルム

1978年3月に読売新聞に募集広告を出し、1000人を越える応募者の中から、アニメーションの経験がないということを基準に43人が選抜され、4月から月岡貞夫が初期教育にあたった。