「オタク文化」と「サブカルチャー」について

片渕須直監督が1960年8月10日生まれ、庵野秀明監督が1960年5月22日生まれということで、ああこのお二方は同学年なんだとちょっと感慨深げに思いました。

 

日本のアニメ映画監督といえば、やはり宮崎駿と思うのですが、2つの作品についてまず時系列を書いておくのです。

 

風の谷のナウシカ  公開日: 1984年3月11日

魔女の宅急便  公開日: 1989年7月29日

 

 

風の谷のナウシカのラストの巨神兵のシーンを庵野秀明監督が担当したというのは有名なお話しかと思いますが、片渕須直監督も脚本に誘われ結果として断っているという経緯があるようですね。

下記のリンクにご本人がその辺のいきさつをコラムに書かれています。

 

WEBアニメスタイル | β運動の岸辺で[片渕須直]第30回 ようやく人前に出せるところに

 

また、魔女の宅急便についても当初、片渕須直監督が監督を務めるという話しで進められていたようですが、大人の事情で自ら監督から退くという形となったようです。

(その辺のいきさつもコラムの第45回目くらいから書かれています。)

 

魔女の宅急便が公開された1989年というのは「バブル」真っ盛りの時期でした。

唐突に深刻な話題になりますが、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」の犯人が逮捕されたのも1989年の夏でした。

1989年は魔女の宅急便がヒットする裏で、この事件のこともありアニメオタクが犯罪者予備軍扱いされる風潮が拡がり、「オタク受難の時代」でもあったわけです。

 

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ここでいきなり「渋谷系」と称されるものの話しになるのですが、今の時代でしたらアニメオタクであっても非難されることはないですが、あの当時の若者たちは「アニメ好き」なんてことを自称できるわけもなかったのです。

 

そしてそれで、その当時の若者が何に夢中になったかというと、「音楽」だったのかなと思うのです。「バンドブーム」があり、「ビーイングブーム」があり、「小室ファミリーのブーム」、「宇多田ヒカル」や「モーニング娘。」などにとつながっていくと思うのです。

 

プリンセス プリンセス 『Diamonds(from DVD「The Last Live」)』

(1989年4月21日 リリース)

バンドブームについてちょっと懐かしくなったので、プリンセス プリンセス貼っておきますね。

 

あの当時のバンドブームや小室ファミリーのブームの熱狂ぶりもスゴイですが、ここでは「渋谷系」と言われた音楽について着目したいのです。

 

ところで「渋谷系」 とは何か?なのですが、wikipedia には以下のように書かれています。

 

当時ONE-OH-NINEに店舗のあったHMV渋谷店の果たした役割は大きく、同店邦楽コーナーがプッシュしたミュージシャン群が渋谷系の源流と言われる。

 

 (中略)

 

1990年代半ば、団塊ジュニア世代の先鋭的な層を攻略するマーケティング上のキーワードとして、メジャーレーベルや各種企業の間に一種の「渋谷系」ブームが発生した。

 

とあるブームがあればそれに対するアンチも発生するとは思いまして、「渋谷系」というのが多くの若者に受け入れられたわけじゃないとは思うのです。

そのことも含めて「渋谷系」ブームというのはちょっと特殊な面白い現象だったんじゃないかなと思うのです。

 

YOUNG, ALIVE, IN LOVE - 恋とマシンガン -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR

(1990年5月5日 リリース)

 

フリッパーズ・ギターの「恋とマシンガン」ですが、確かにあの当時(1990年)の日本においては先鋭的だったと思いますね。

 

小沢健二 featuring スチャダラパー - 今夜はブギー・バック(nice vocal)

(1994年3月9日 リリース)

 

1994年に今夜はブギー・バックがヒットし、小沢健二は一気に世に知られることになります。

小沢健二は「渋谷系」と称されたミュージシャンの中で最も商業的に成功した人ではないかと思います。

 

「渋谷系」ブームが面白い現象だったというのは、「渋谷系」というのが決してメインカルチャーではなかったという点なのです。

「渋谷系」はサブカルチャーにカテゴライズされているのです。

 

サブカルチャーとは何か? wikipedia から引用させて頂きます。

 

日本では「ハイカルチャー対サブカルチャー」という文脈においてサブカルチャーという言説が用いられているが、欧米ではむしろ、社会の支配的な文化(メインカルチャー)に対する、マイノリティの文化事象を指す言葉として使われている(この用語としてはTheodore Roszakが1968年The Making of a Counter Cultureにおいて用いたのが早い用法である)。

 

(中略)

 

研究者ではない当時の若者たちにとっては学術的な正確さよりも、サブカルチャーという言葉の持つ、差異化における「自分たちはその他大勢とは違う」というニュアンスこそが重要であったともいえる。

 

さて、ここで話しがアニメに戻るのですが、そのサブカルチャー界隈の人達が「エヴァンゲリオン」という作品に目をつけるわけなのです。

 

www.ohtabooks.com

 

「エヴァ」は1995年10月4日~1996年3月27日にテレビ放送されました。

「エヴァ」は面白い作品です。しかし話題となったキッカケは、最終2話がああだったことから、サブカル界隈の方々が面白がったという面が大きいでしょう。

そして、テレビ放送が終わってから大ブームとなるのです。

 

たぶん、このあたりで「オタク文化」と「サブカルチャー」が大合流したんじゃないかなと僕は思うのです。

1989年あたりでは「アニメ好き」は犯罪者予備軍くらいの扱いだったものが、「エヴァンゲリオン」の登場で、アニメが「サブカルチャー」と認知されることによって「オタク文化」が世の中に受け入れられていったように思うのです。

 

昨年2016年に、片渕須直監督「この世界の片隅に」、庵野秀明監督「シン・ゴジラ」がヒットし、今年になりオザケンが再活動していることから、いろいろなことを思ったのであります。