iwashi station

少しだけ働く。ちょこっと投資。お買い物はダイエー。

もしも魔法が使えたら

今週のお題「もしも魔法が使えたら」

 

もしも魔法が使えたら、この魔法を解きたいと思う。

生まれたときには、魔法なんてかかっていなかった。と思う。

幼稚園にはいった頃、何か人と違うと感じた。

小学校にいって、一年一年たつごとに少しづつ魔法にかけられていった。

何か人とちがう。他の人はたやすくできることがぼくはできない。

通知表は1とか2とかばかりだった。

ぼくはできない子供だった。

それでも小学生のころは、なんとなく楽しかった。

その頃は成績なんてどうでもよかった。

 

中学生になって「自分のできの悪さ」にふっと気が付いた。

難しい漢字は読めないし、かけ算もよく間違えた。

できなさ加減をみんなに笑われた。

それでぼくは、自分のことを恥ずかしくなった。

恥ずかしくなって、やっと気が付いた。

ぼくは、ひとよりも出来が悪いらしい。

 

この不細工な顔もきらいだ。

太くて短い指も、とても不器用だ。

 

毎日毎日、恥ずかしい思いをするのだけど、

学校は、まあまあ真面目に行った。ときどきは遅刻した。

遅刻して先生にひどく叩かれたりした。

叩かれるのも恥ずかしかった。

そうした「恥ずかしみ」は、ぼくの中に少しづつたまっていった。

そうして、ぼくは劣等感のかたまりになっていった。

劣等感という目に見えない魔法のオリに閉じ込められていった。

授業なんて聞いていても、ちっともわからなくなっていた。

 

できがわるいのは、ぼくがわるいのだろうか?

 

誰かが悪いのじゃない、ただ社会の規格に合わないだけだと思う。

高校生になって、あたまのわるい子の学校だったから規格外れなやつばかりだった。

その中で、ぼくは少し勉強をするようになった。

そうしたら、少しはできるようになった。

といってもぼくの「勉強能力」はたぶん中学生くらいなのだけれど。

しかし成績も良くなって、運のよいことに推薦で大学にも行けた。

よかっためでたしなのだけれど、劣等感の魔法のオリは今でも消えていない。

もしも魔法が使えたら、この魔法を解きたいと思う。

 

たしか中学生のとき、放課後だったかに音楽室からピアノの音が聞こえた。

弾いていたのは、音楽の先生だった。

音楽の先生は、みんなから「ブス」と言われていた。

なんでかな、ぼくはあの先生ブスだと思わなかったけれど。

きっと、ちょっとおっとりとした感じが、からかいやすかったのかもしれない。

 

その曲は、その当時はやっていたアイドルの曲を先生がアレンジしたものだったろうと思う。

そのピアノの音がなんだかとても心地よいものに聴こえた。

みんなから「ブス」とからかわれていた先生が、こんな心地の良い曲を弾いていることにちょっと感動してしまった。

まるで魔法のようだと思った。

先生と目が合って、ぼくはあわててその場から逃げ出した。

 

ぼくは、この魔法のオリから抜け出すための魔法をしっている。

だけどぼくのこの太くて短い指では、あんなピアノ弾けるわけない。

 

役立たずな指だ。

 

 

f:id:hitoyasu:20170616124848p:plain