テロ等準備罪と、自分のペースで働くということについて

テロ等準備罪という法律が可決したとかいうはなしです。

文部科学省の前事務次官は、エロ親父ということになり、「官邸の最高レベルが言っている」という文書はあったということなのです。

なんだかよく分からないのですけれど、しかしすごく分かりやすい展開だなあという感想なのです。それは良心的なものすら感じる程なのです。

 

テロ等準備罪というのは、オリンピック開催のため必要ということのようですが、それが表向きの理由なのか、本当にそういった目的のためなのか分からないですが、いずれにしても、国際社会では実際にテロが頻発しており、今後、日本でもテロが起こり得るということなんだと思うのです。

もちろん、日本でも地下鉄サリンという事件がありました。ですから、詳しいこと分からないのですが、これまでそういった法律がなかったことの方が不思議なくらいなのです。

 

テロという言葉から移民というものを連想するのも、偏見や差別があるかもしれませんが、移民というものについて国内では不安視する意見が多いようです。

しかし、おそらく今後は、日本では人手不足が深刻となり、外国からの人材を受け入れざるを得ないでしょう。このところ「多様性」という言葉を多く見かけるようになったのも、そのための布石だろうと思うのです。

 

日本という国はこれから、イヤでも変わらざるを得ないだろうと思います。おそらく、衰退していく国となるでしょう。それは致し方のないことですから、なるべく緩徐に衰退していくのが良いだろうと思います。

 

日本の今の社会制度ですと、「会社」は頑張って利益を出して、労働者の所得を増やさないといけないのです。税金が所得に応じた形になっているからです。まさに「働く」ということが社会に貢献するということで、「働く」ことが最大のセーフティーネットにもなっているのだろうなあと思うのです。「働く」ことが安定につながっているわけですから。

 

そして、社会の閉塞感もまた、そこから来ているのだろうとぼくは思うのです。「自己責任」という言葉はあまり好きではないのですが、この国で暮らす皆さんが閉塞感を感じるなら、「自己責任」の方が良いでしょう。

 

収入は下がり物価は上がるという未来の方が容易に想像できるのです。

そしたらもう、そんなに頑張らなくていいよってことにした方がみんな楽になれるでしょう。

 

最低限、食べるものさえあれば人間生きていけますからね。

「自己責任」で自分のペースで働き、死ぬときも「自己責任」で死ぬのです。

 

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