「ロマンス」 原田知世

ほかの皆さまが原田知世のことを、どう思うのかちょっと分からないのですが、原田知世は、日本の芸能界において、特殊なポジションをひた走っていると思うのです。

 

原田知世といえば、ひとやすとしては、かの「時をかける少女」のイメージが強いのですが、それからうん十年も経つというのに、そのイメージを損なうこともなく、かといって、ご本人はそのイメージにとらわれたままでもないのです。

 

われこそが初代「時をかける少女」だなんて、原田知世は決して言わないでしょうから。

 

 

「ロマンス」をセルフリメイクしたのです。より原田知世らしい作品に仕上がっていると思うのです。より原田知世らしいといいながら、「原田知世」らしさとは何を指しているのでしょうか。

 

よく存じ上げないけれど、もちろん、誰かが彼女のプロデュースをしているのだろうとは思うのですが、そういった感じがしないのです。なんというか彼女は「あまりにも自然体」なのです。

 

凡庸なプロデューサーだったら、彼女にいつまでも「時をかける少女」を背負わせ続けたでしょう。

 

彼女の芸能活動は、過剰な演出はなく、それでいて印象的なのです。彼女が歳を重ねても、いつまでも、いつまでも、いつまでも、応援し続けていたい。そういった印象なのです。これはいったい何なんでしょうか。

 

ただ、原田知世はいつまでも「原田知世」なのですね。しかし、なおかつ彼女は「原田知世」であることからも自由であるようにも感じられるのです。つまりは決して「原田知世」を演じているわけでもないのです。

 

そういった「自然体」であり、そして、それは歳を重ねることによってある種の「凄み」を感じさせるまでになっているようにも感じるのです。

 

芸能界において「自然体」で居続けるなんて、きっと並みの人間にはできないでしょうから。

 

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