iwashi station

少しだけ投資、少しだけ働く。あとはだいたい寝ています。

 

 

選択について

こんにちは、うじうじムシです。

いつも「うじうじ」している「うじうじムシ」なのです。

自虐ですか?と言われるかもしれませんが、自虐ではないのです。

いや、やっぱり自虐です。

いや、自分でもどっちだかわからなくなりました。自虐かもしれないし、自虐でないかもしれません。

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どっちでもいいがな!と言われそうですね。

選択ということについて考えていました。

人生においての選択です。ちょっとシリアスなテーマですね。しかし別段シリアスなことを言いたいわけでもなく、かといって「アホアホ」なことを言いたいわけでもなく、どうということでもないことを書くのです。

選択について

人生は選択の連続であると言われることがあるように思います。今日の夕食何にする?というライトなことから、進学・就職・結婚のような節目になるような比較的重要な選択まで、いろいろな選択をその都度、その都度にしているわけですね。

(いちおう念のため言っておきますが、あまりにも重要な事柄、例えば不治の病を宣告されてどういう治療を選択するか?というようなヘビーな状況とか、あるいは自分では選択できない事柄、例えばもっと裕福な家庭に生まれていたらもっと選択肢があったのに!というようなことは除外して考えています。)

それで、何が言いたいかといいますと、べつにたいしたことでなくて、「ひとやすもこれまでいろいろな選択をしてきたと思うのだけど、結局のところ、そのときそのときで、その選択をせざるを得なかったんだよね」って思うってことなのです。

あのとき、違う選択をしていれば!とか思ったことないです。

よくわからないですけれど、例えば就職のとき「東芝」と「日立」から内定を受けて「東芝」を選択なさった方がいたとしたら、今の状況で考えたら、ああ「日立」を選択しておけば良かったとか思うかもしれませんけれど、すみません、そういうのはよくわからないです。

あと、「今の自分の知識を持ったまま子供に戻れたら、人生イージーモードだよね」っていうのも、そりゃそうだと思いますが、「今の自分の知識を持ったまま子供に戻れ」たりしないですからね。

ひとやすとしてはやっぱり、そのときそのときで、その選択をするしかなかったんだって思うのです。もちろん、もっと主体的に何かを選択しながら生きている方も多いかもしれませんが。

「その選択をするしかなかったんだ」という言い方はちょっとネガティブですね。もしくは言い訳がましいかもしれません。

もう少し言いますれば、「いろいろ選択肢があるように見えて、実は選択肢なんてなくて、そのときそのときで、あるべくしてその選択をしているだけだと思う」って思うのです。

ひとやすが、そういうタイプの人間だというだけのことかもしれませんが。

明るく前向きに颯爽と

選択云々はともかく、世の中には「明るく前向きに颯爽と」生きている方もいらっしゃるかと思うのです。いろいろなブログを読ませてもらっても、明るくて颯爽としていて小気味の良いことを書いていらっしゃる方は、ああ素敵な人だなあとかカッコいいなあとか思うのです。

ひとやすは、そうではありません。いつも「うじうじ」している「うじうじムシ」なのです。

「うじうじ」している中年のオッサンなのです。「明るく前向きに颯爽と」生きたりできないです。

だけど、

「明るく前向きに颯爽と」生きているように見える人も、いろいろなことで悩み生きているのでしょう。そりゃそう、当たり前なのです。悩みながらも「明るく前向きに颯爽と」生きてらっしゃるのでしょう

ひとやすは「あるべくしてその選択をしているだけだと思う」と思いながら、それでもなお「うじうじ」しながら生きているのです。

それは、カッコ悪いなと思いつつも、ひとつだけ思うことは、前にも同じことを書きましたが、「うじうじ」しながらでも、カッコ悪かろうとも、これは「私の物語」であるということ。ひとそれぞれに、自分の人生を、自分の物語として生きているわけなのです。人からとやかく言われることもないですし、人様をとやかく言う必要もないのです。

まあ、前提として「自己責任」で生きてくださいねっていうのはあると思うのですが。ひとやすは、言い訳がましいことはいうかもしれませんが、人生は自己責任で良いと思っているのです。

結論を言いますと、ああ、やっぱり何が言いたいのかわからない文章になっているということなのです。

無理くりに結論を言いますれば、

「あるべくしてその選択をしているだけだと思う」と思いながらも、人生は悩み多く、「明るく颯爽と」生きたいなと思いながらも、「うじうじ」していて、でもしかし「うじうじ」していても別にいいんじゃない?っていうことなのです。

 

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