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無能な人間のための人生戦略大全 (2)

こんにちは、

今日も「無能な人間のための人生戦略」を考えてみるひとやすです。

無能とは

無能といっても、いろんなタイプの無能があるでしょうから、

まずは、ひとやすの言う無能とは、どんな無能を指しているのかを

定義するのです。

ひとやすの言う無能とは、ひとやすみたいな人間のことなのです。

つまり、どういうことかといいますと、

知能指数は平均未満。

ひとやすは、いちおう大学を卒業していますけれども、

三流大学なのです。偏差値的に平均より下なのです。

ひらたくいえば「勉強ができない」なのです。

運動神経も平均未満。

ひとやすは、運動音痴なのです。

ひらたくいえば「うんち」なのです。

10段階評価で、2とかだったのです。

正直、なにかの発達障害を疑うべきくらいの運動音痴なのです。

まあ、ひとやすほどでなくても、運動神経も平均未満の人ということにしましょう。

「勉強ができない」、「運動音痴」、

あとは芸術方面に少しでも才能があるなら、

そっち方面に活路を見出すことも可能でしょうけれど、

そっち方面もまるでダメなのです。

「勉強ができない」、「運動音痴」、「芸術方面もダメ」。

ひとやすの言う無能の定義は、これです。

  • 知能指数は平均未満。
  • 運動神経も平均未満。
  • 芸術的な才能も特にない。

まるで良いところがありませんね。

突出した何かでなくても、何か1つくらいは、

多少、人より上手くできることがあってもよいと思うのですが、

まるでだめおなのです。

じゃあ、どうしたらいいのさ!(半ギレ)なのです。

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コミュニケーション能力

ここ昨今の日本社会では、コミュニケーション能力というものが重要視されているのです。

こうやっていろいろ考えてみますと、コミュニケーション能力というのは、

無能な人間にとって、最後の砦なのかもしれないのです。

しかしながら、ひとやすは「社交不安障害」であって、

したがって、コミュ障なのです。

どこをどうとってみても、「まるでだめお」なのです。

無能であること

では、無能であることを全肯定してしまえば、楽になれるかもしれません。

しかし、無能な部下をもったために、胃の痛い想いをしている中間管理職の方々も、

世の中にはたくさんいらっしゃるでしょうから、

そうした中間管理職の方に申し訳ないので、

無能であることを全肯定するのも良くないのです。

ひとやすは、中間管理職に優しいのです。

 

無能な人間のための人生戦略大全 (1) - ひとやす